瞬時に人を判断する 中国ビジネスは、人間力が重要だ

長年中国人と私は商売をしています。その中で感じることは、中国人は、人と付き合うときは、肩書、企業規模よりも、その個人を見て付き合います。

個人としての魅力があれば、どんどん付き合いを深めてきます。逆に、個人としての魅力がないと思われれば、相手にもされません。

ですから、中国人とのビジネスは、出会って、3分以内にどんな印象を与えるかでその後が、全く違った道になっていきます。

簡単といえば、簡単ですが、瞬間的に人生がかわることなど、中国ビジネスのなかでは、あり得るのです。

 

それが面白いとおもえれば、中国ビジネスのファンになると思います。私は、いろいろ言われている中国ビジネスですが、なんか、日本の社会では感じられない不思議な感覚が楽しくて、中国ビジネスを続けているといっても過言じゃないと思います。

中国人の考え方「民族への愛と政府への思いは別物である」

小谷学の独占トーク インターネットラジオ局

中国人の考え方「民族への愛と政府への思いは別物である」

 

 
 
中 国人の考え方「民族への愛と政府への思いは別物である」 Posted on 2016年2月24日 by admin 以前、ある中国人にこんなはなしをききました。 中国人のにとって、「民族」に対する愛と「政府」に対する思いは、違うということを はなしをしていました。 その理由は、中国の場合、政府がよく変わったという歴史的な背景があります。 私たち日本人には、その感覚があまりないようにおもいます。 そこのとについて、語っています。
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なぜ中国ビジネスかけているのか?その経緯について話をしています。

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なぜ中国ビジネスかけているのか?その経緯について話をしています。

 

 
 
な ぜ中国ビジネスかけているのか?その経緯について話をしています。 Posted on 2016年2月24日 by admin 私は、子供のことから中国ビジネスに縁があったのでしょうか? 小さいとき、触れた中国の話し、そして、学生時代、そして、社会人になってから 自分自身が感じたビジネスについての話をしています。 また、上海で事業を立ち上げた理由、そして、意外と長続きするビジネスはなにか? など話をしています。
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俺の中国初日一日目

忘れもしないあの日の出来事

1997年に、上海に始めていった。それも、初めての中国でいきなり留学という選択

留学先の大学は決まっていた。

日中友好協会からの紹介で留学をすることになったのである。

これも、ほんと単純な決め方

日中友好協会が中国留学を募集している張り紙を、大学の教務課の掲示板で見たからである。それで。すぐに電話して、応募した。

その後、どんな審査があったか、合格したという連絡があり中国へ留学

 

あとから分かったが、中国の語学留学は、手続きすればだれも基本的に入れてもらえる。その後、僕の友人も何人か留学手続きの手配をしてあげたことがある。

そんな話はどうでもいいが、留学をあっせんしてくれた日中友好協会であったが、留学先で、空港に出迎えが来てくれる約束であったが、だれも来てくれない。空港で待つこと1時間、だれも来ないので、

ぼろぼろのサンタナのタクシーに乗って、いざ、空港を出る。

行先を紙に書いて運転手に渡した。

中国語もわからないので、書くしかない

「上海師範大学」

と書いてわたした。

運転手は、分かった顔して、車を走り出した。

その後、1時間くらいたち、車が止まった「華東師範大学」と書いて

いる。運転手は、指をさして到着したというのである。

どう見ても、「上海師範大学」ではない。

違うと手を振ると、不思議な顔をして、運転手が、近所の誰かに聞きに行った。

その後、分かった顔して、もどってきた。

その後また、車は走りだし、次は、「上海師範大学」についたのである。

よくわからなので、「100元」を渡してタクシーを降りた。

今考えたら、虹橋空港から上海師範大学まで100元とはずいぶん高い金額を払ったものだとおもった。

それでも、目的地に何とかついてよかった。

いやぁ、一日目から迎えも来ず、チャイナリスクを経験した。

 

 

 

初めての中国ビジネスは、こんなことをした

今思いだしても、はじめの中国ビジネスは何から始めたか?上海から来た留学生の実家からいろいろ雑貨を送ってもらって、フリーマーケットで販売したことがあった。

そんなレベルのビジネス。20数年前の郵便は、いろいろ不安な面がったが、なんとか上海からでも荷物が届いた。

そう考えてみれば、中国の物流の変化はすごいものがある。

ほんと昔は、未知の国というイメージがすごかったが、いまじゃあ、高速道路、高速鉄道が全土を走り、えらいことになっている。

 

車も高級車がはしりまくっている。今と昔の中国を思い、なんだか、不思議な気持ちになる。

俺の中国ビジネスは、20歳の時に始まった

大学生の時の話であるが、中国ビジネスをやってみようという気持ちになったのが。。。

和歌山の高校を卒業後、都内の大学に進学したわけですが、そこで、中国人留学生との出会いが、中国への興味を持った原因でした。

 

当時は、中国といえば、まだまだ貧しい国でした。しかし、中国人留学生は、すごく優秀な連中が多かった。なぜ、頭のいい奴がいるのに、中国は発展しないのだろうと、学生ながら思ったのでした。それが、興味を増大させ、その後、上海に留学することに。。。

 

中国を生で体験しようとおもって、ふらっと留学したことで、結局24歳~39歳という俺の青春は中国で過ごすことになる。